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    • 2011.10.14 Friday
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    父との旅

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      父は医療関係(医師では無い)の仕事に付いていました。
      しかし私の人生にレールをひこうとはしませんでした。


      私は父とあまり交流の無い方でした。
      しかし、私の病気が治るまで父は付き合ってくれました。


      適度な運動のために、公園や山や広々とした農道などの散歩に出かけました。

      また病気が治ってゆくにはどうすれば良いか、母を自由にしてあげるにはどうすれば良いか、人生とは何か・・・など、毎日話し合いました。

      私も年齢的に、親への反発を持つ時期でした。

      父とは喧嘩になったり、理解し合えない事ばかりでした。
      しかし、話し合いや、
      今まで溜めていた感情を正直に、素直に話して行くと、徐々にお互いに認め合えるように成りました。


      父の方も、私を子供扱いしてましたが、だんだん私と対等に話せるように成りました。


      知らない街や、知らない道路などを車で巡ったり、精神衛生には鬱病の回復には何が良いかを話し合いました。


      そんな事を2年近く続けました。
      母も徐々に、学校教育や優等生生活へ懐疑するように成って行きました。


      父も私と面と向かって付き合う事で成長できたみたいです。
      母も、お受験や妹の受験や進路にこだわらなく成って行くと、少しずつですが穏やかに成って行きました。


      父も、かなり批判的というか口の悪い方でしたが、私と治癒の旅を続けて行くうちに穏やかに成りました。


      私の病気で両親も改心するチャンスに成ったようでした。
      そして、転機が訪れました。





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        • 2011.10.14 Friday
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