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    • 2011.10.14 Friday
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    父の協力

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      父親の協力も回復には大きかったです。


      父は最初は私の登校拒否を甘えてるんじゃないか?
      怠けてるんじゃないか?
      と疑いました。
      しかし病気だと分かると、すぐに不登校を許してくれました。


      また長くなるので割愛しますが担任の先生や塾の先生が、病気なら学校には行かない方が良いと言ってくたり、私の味方をしてくれました。



      父と講師と担任の方々が病気を受け入れてくれたのは私にとって回復の始まりでした。



      母は最初は私が精神病に成ったのが許せないようでしたが、

      もしかした今回の機会をバネにして、将来はユニークな大人に成るんじゃないかと、よくわからない考えをしてました。



      いずれにせよ、父親が私の病気を治そうと共に歩いてくれたのは救済でした。




      父は言いました。
      母親はお受験だとか優等生思考とか完璧の追及とかに取り憑かれている、だから母親の言う事は聞くなと。



      我が家の統制権が母から父に移行するとすべてが変わりました。




      父は母に、子供を圧迫したり威圧するのは止めろと言いました。
      母は言うことを聞かず、妹に受験を期待してました。

      母の学校教育への信仰心は凄まじい物でした。



      しかしそれでも、母の統制が終わり父の統制に成ったとたんに、
      私は自由に成ったのです。


      父は母に、優等生は病む、子供に勉強を強要するなと言い続けました。

      しかし、母親は相変わらず妹達に受験勉強をさせてました。



      しかしとうとう、妹が勉強が苦手だとわかると、母も諦(アキラ)めました。

      私も母に、優等生教育や受験勉強をやめろといい続けたのも大きかったです。



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        • 2011.10.14 Friday
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